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Golden Oldies (Wonkish)/April 11, 2011, 10:39 AM

Golden Oldies (Wonkish) 古き黄金時代(オタク風)

Mark Thoma jokes that “I’ve learned that new economic thinking means reading old books.” And Brad DeLong says that it’s no joke: the macroeconomics of 1936 ― or even of 1873 ― is a much better guide to current events and their policy implications than all the macro theory of the past few decades.
マーク・トーマが、「我々が学びつつあるのが、新しい経済学の考え方とは、古い本を読むことを意味するということだ」とジョークを飛ばしている。ブラッド・デロングが言うように、それはジョークではない。1936年のマクロ経済学―あるいは1873年ですら―は、現在の出来事や政策的意味合いに対して、過去数十年のどんなマクロ理論よりもずっと良い手引きをしてくれる。

All this is very much in line with what I’ve been saying about a Dark Age of macroeconomics. But what happened, really? A few more thoughts.
これらすべてが、私がマクロ経済学の暗黒時代について語ってきたことと線を一にする。だが、実際に何が起こったのか? ちょっと考えてみよう。

Economics is basically about incentives and interaction ― or, as Schelling put it, micromotives and macrobehavior. You try to think about what people will do in certain circumstances, and you try to understand how individual behavior adds up to an overall result.
経済学は基本的には、インセンティブと相互作用についてのものだ―あるいは、シェリングが言うように、ミクロの動機とマクロの行動。人々が、特定の状況下でどう行動するかを考えようとする。そして、個人の行動が合わさって、どのような全体としての結果に至るかを理解しようとする。

What economists have known since Bagehot (with regard to financial markets) and since Keynes (with regard to goods and labor markets) is that under some circumstances seemingly reasonable individual behavior adds up to very unreasonable macro outcomes. Bagehot wrote of panics in which the collective desire to shed risky assets and debt produced a downward spiral; Keynes of situations in which the collective desire to save but not invest led to mass unemployment. And in both cases these arguments suggested a case for government intervention to undo or limit the bad macro consequences of reasonable individual behavior.
バジョット以来(金融市場に関して)そして、ケインズ以来(商品と労働市場に関して)経済学者が知っていることは、ある状況下において、明らかに理性的な個人の行動が、非常に非理性的なマクロでの結果に至ることがあるということだ。バジョットはパニックについて書いたが、その中では、リスクの高い資産や借金を避けようという集合的な願望が、下方向のスパイラルを生み出してしまう。ケインズは、投資ではなく、貯蓄をしようという集合的な願望が、大規模な失業に導くような状況について書いた。どちらの場合にも、こうした議論は理性的な個人の行動から生じる悪いマクロ的な結果を打ち消したり、制限したりするような政府介入を支持する議論を示唆するものだ。

But notice that I’ve framed this in terms of “reasonable” behavior; it’s a lot harder to tell these stories in terms of perfectly rational, maximizing behavior.
でも、いまの話を語るのに、私が「理性的な」行動を元にしたことにご注意を。この話を、完全に合理的な最大化行動に基づいて語るのはずっと難しいのだ。

One response ― a pretty good response ― is, “So?” After all, maximization isn’t a fact about human behavior, it’s a gadget ― an assumption we use to cut through the complexities of psychology and all that, one that can be very useful if it clarifies your thought, but by no means an axiom or a law of nature.
それに対する一つの返事―それも結構いい返事だ―は「それがどうした?」というものだ。なんといっても最大化というのは人間行動についての事実ではない。たんなる小道具だ―心理とかその手のややこしい話を切りぬけるための仮定でしかなく、それも考え方をすっきりさせてくれるならすごく便利なものだけれど、どう見ても公理や自然の法則ではないんだから。

But maximizing models have a special appeal for modern academic economists: they require solving equations! They’re rigorous! They make it easy to show that you’re doing “real research”. And so maximization tends to acquire a bigger importance in economic thought than it deserves.
だが、最大化モデルは現代のアカデミックな経済学者にとって、特別な魅力がある。つまり、それは方程式を解くことを求めている! それは厳格である! それは、あなたが「真の研究」をやっていると示すのを容易にしてくれる。だから、最大化は経済思想の中で、それに値するよりも大きい重要性を獲得する傾向にある。

To be fair, applying maximizing thinking has achieved some major successes even in macroeconomics. The permanent income/life cycle style of consumption theory does a much better job of accounting for the stylized facts about spending than the old, mechanical consumption function. The natural rate hypothesis, with its crucial implication that high inflation would get built into expectations and not reduce unemployment, was the result of (loose) maximizing reasoning.
公平に言えば、最大化思想を適用することは、マクロ経済学ですら、いくらかの主要な成功を達成した。恒常所得/ライフ・サイクル型の消費理論は、古い機械的な消費関数よりも、支出に関しての様式化された事実を説明するのに非常に優れたものだ。自然(失業)率仮説は、その本質的な意味合いは、高いインフレが予想に組み込まれてしまい失業率が下がらなくなるということだが、(ゆるやかな)最大化理論の成果であった。

But from the 1970s onwards, what happened was that the drive to base everything on maximizing behavior narrowed the profession’s thinking ― and, crucially, led first to a de-emphasis, then to a total forgetting, of the great insights about interaction. We created an economics profession which believed that Keynesian economics, and for that matter Bagehotian finance, had been “proved wrong”; whereas all that had really happened was that those things proved hard to model in terms of perfectly rational maximizing agents. Again, so?
だが、1970年代から、全ての基礎を最大化行動に置くように傾斜していき、そのことがプロの経済学者の思考を狭めてしまった―そして、決定的なことに、相互作用についての偉大な洞察が、まずは強調されないようになり、それから完全に忘れ去られてしまった。
我々は、ケインズ派経済学、そしてそれを言うならバジョット流ファイナンスが「間違っていたと証明された」と信じている経済学専門業界を創り出してしまった。でも実際に起こったことといえば、そういうことが完全合理的最大化エージェントを使うとモデル化しずらいことがわかっただけなのだ。繰り返すけど、それがどうした?


And there’s a sense in which even New Keynesian economics was wasted effort, at least from a social point of view, because it was mainly a way of showing New Classical types that we can too ground the concepts we already knew in maximizing models. Actually, I don’t think that’s entirely fair: I find that New Keynesian models, especially on the liquidity trap issue, do deepen my understanding. Still, you can understand why Larry Summers says that none of that stuff proved useful in actual policymaking.
ニュー・ケインジアン経済学ですら、少なくとも社会的な観点からは、無駄な努力ではないかという感覚がある。というのもそれ(ニューケインジアン)は、もっぱらニュークラシカル一派に対し、自分たちもすでに分かっているような概念を最大化モデルで基礎づけることができるんだぞ、と示すものだったからだ。実際問題として、私はそれが完全に公平だとは思わない。ニュー・ケインジアン・モデルは、特に流動性の罠の問題に関して、私の理解を非常に深めてくれた。でも、ラリー・サマーズが、それらの中で現実の政策決定に際して役に立つと認められているものは何もないという理由は分かるだろう。

The point, though, is that something went terribly wrong. Put it this way: if all we had known when this crisis struck was 1950-vintage macroeconomics, we would probably have done a better job of responding.
重要なのは、何かが恐ろしく悪くなっているということだ。こんな風に言うことができる:もし、この危機が起こった時に、我々の知っていることが1950年製のマクロ経済学だけだったならば、おそらくもっと良い対策が取れただろう。


追記:コメント欄にて多くの誤訳を指摘していただいたので、全面的に文章を訂正しました。
山形浩生さんが正しい訳を教示してくれた部分は、その文をほぼそのまま使って変更しています。
詳しいニュアンスも書かれてあるので、ぜひコメント欄もお読みください。
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correction

because it was mainly a way of showing New Classical types that we can too ground the concepts we already knew in maximizing models.

この「types」は、「その手の人物」という意味です。だからここは「ニュークラシカル一派」とでもしましょう。で、ニューケインジアンは基本的にニュークラシカルが「俺たちなんて、ちゃんと効用最大化個人に基づくミクロ的基礎あるもんねー、マクロとかいい加減な話してるケインズ派ってだっせーwww」と言っていたのに対して「ふん、ぼくたちだってちゃんと、ミクロ的基礎のあるマクロモデルだってできるんだもんね (でも結局でてくる答は同じなんだけど)」 という運動だったのだ、というのがここでの批判です。したがいまして上の部分は

「というのもそれ(ニューケインジアン)は、もっぱらニュークラシカル一派に対し、自分たちもすでにわかっているような概念を最大化モデルで基礎づけることができるんだぞ、と示すものだったからだ」

とするのがよいかと。

それと、そのまえの段落の後半ちがってます。ここは重要なので。

「我々は、ケインズ派経済学そしてそれを言うならバジョット流ファイナンスが「間違っていたと証明された」と信じている経済学専門業界を創り出してしまった。でも実際に起こったことといえば、そういうことが完全合理的最大化エージェントを使うとモデル化しずらいことがわかっただけなのだ。繰り返すけど、それがどうした?」



No title

あと、うえの方で「reasonable」とrationalを両方とも「合理的」としてますね。これは文章の性質上、わけるべきでしょう。この両者、字面が似ていてそれを翻訳で出すのがつらいのですが:

And in both cases these arguments suggested a case for government intervention to undo or limit the bad macro consequences of reasonable individual behavior.
どちらの場合にも、こうした議論は理性的な個人の行動から生じる悪いマクロ的な結果を打ち消したり、制限したりするような政府介入を支持する議論を示唆するものだ。

But notice that I’ve framed this in terms of “reasonable” behavior; it’s a lot harder to tell these stories in terms of perfectly rational, maximizing behavior.
でも、いまの話を語るのに、私が「理性的な」行動を元にしたことにご注意を。この話を、完全に合理的な最大化行動に基づいて語るのはずっと難しいのだ。

One response ― a pretty good response ― is, “So?” After all, maximization isn’t a fact about human behavior, it’s a gadget ― an assumption we use to cut through the complexities of psychology and all that, one that can be very useful if it clarifies your thought, but by no means an axiom or a law of nature.
それに対する一つの返事---それも結構いい返事だ---は「それがどうした?」というものだ。なんといっても最大化というのは人間行動についての事実ではない。たんなる小道具だ---心理とかその手のややこしい話を切りぬけるための仮定でしかなく、それも考え方をすっきりさせてくれるならすごく便利なものだけれど、どう見ても公理や自然の法則ではないんだから。

No title

はじめてコメントさせていただきます。

山形氏の指摘のあとだとあまりにもしょぼすぎる突っ込みになりますが、
The natural rate hypothesisは自然失業率仮説のことだと思われます。

No title

山形浩生さん
コメントありがとうございます。
いつも山形さんの著作やブログを拝見しています。こんなに詳しい添削をしてもらってありがたいです。
ご指摘のとおり、「too」と「proved hard」の訳を完全に間違えていました。
訂正には、山形さんの訳をそのまま使わせていただきます。

voxwatcherさん
コメントありがとうございます。
訂正しておきます。
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