スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Economic Tribalism/May 5, 2012, 10:39 AM

Economic Tribalism 経済的部族主義

Hmm. This seems to be meta Saturday, with reactions to how people think – or, all too often, don’t think ― about economics taking center stage.
うーん。世の中心的な地位を占める経済学に関して、人々がどのように考えているのか――また、あまりにもよくあることなんだが、考えていないか――今度出した本の感想を読んでいるとメタな土曜日になりそうだ。

Justin Fox has an interesting post documenting something I more or less knew, but am glad to see confirmed: People aren’t very receptive to evidence if it doesn’t come from a member of their cultural community. This has been blindingly obvious these past few years.
ジャスティン・フォックスが興味深い記事を書いている。僕は、彼が書いていることを多かれ少なかれ分かってはいたんだが、やっと確信できて嬉しく思う:人々は文化的共同体の一員から来るものでないなら、決して証拠を受け入れようとはしない。ここ数年に至っては、それは目もくらむほど明らかだ。

Consider what the different sides in economic debate have been predicting these past six or seven years. If you got your views from, say, the Wall Street Journal editorial page, you knew – knew – that there was no housing bubble, that America in 2008 wasn’t in recession, that budget deficits would send interest rates sky-high, that the Fed’s expansion of its balance sheet would produce huge inflation, that austerity policies would lead to economic expansion.
経済論争において、種々のサイドで過去6,7年どんな予言がなされてきたのか考えてほしい。例えば、あなたがウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)の社説面から知見を得てるのなら、あなたは住宅バブルが存在しないこと、2008年のアメリカは景気後退期ではなかったこと、財政赤字が利子率を空高く上昇させること、FRBのバランスシートの拡大が酷いインフレを招くこと、緊縮政策が経済を拡張に導くことなどを知っていた――知っていた。

That’s quite a record. And yet I’m well aware that many people – including people with real money at stake – consider the WSJ a reliable source and people like, well, me flaky and unbelievable. Much of this is politics, of course, but that’s intertwined with culture: the kind of people who turn to the WSJ, or right-wing investment sites can clearly see that I’m a latte-sipping liberal who probably favors gay rights and doesn’t worship the financially successful (I actually prefer good filter coffee, black, but that’s otherwise accurate), and just not part of their tribe.
それは記録に残ってある。それでも、多くの人々――実際にお金を賭けている人も含めて――がWSJを信頼できるソース、人々であると考えて、僕みたいな人々を風変わりで信頼できないと考えていることを僕はよく知ってる。こうしたことのほとんどは、もちろん、政治的なものだ。だが、それは文化と絡み合っている:WSJや右翼の投資サイトに向かうような種類の人々は、僕がラテをすすってるようなリベラルで、おそらくはゲイの権利に賛成していて、金銭的に成功した人々を崇拝しない人間(僕はフィルターで入れた美味いブラックコーヒーの方が好きなんだけど、その他は当たっている)であり、彼らの部族の一員ではないと明らかに理解している。

I suppose that in my quest to improve policy and understanding I should be trying to fit in better – lose the beard, learn to play golf, start using “impact” as a verb. But I probably couldn’t pull it off even if I tried. And as a result there will always be a large group of people who will never be moved by any evidence I present.
政策と理解を向上させようという戦いに際して、僕はもっと周りに合わせるように努力するべきだったんじゃないかと思う――ヒゲを剃り落として、ゴルフでも覚えて、「インパクト」を動詞として使っていく。でも、多分試したところで、上手く身につけることはできなかっただろう。その結果として、僕が提示するどんな証拠にも決して左右されることのない人々の大集団が常に存在することになる。

Actually, I had a wonderful, in a way, piece of correspondence today; the correspondent had read End this Depression Now!, and was having trouble finding any instances where I presented facts deceptively to support my ideological agenda. Could I please help him locate the places in the book where I do that?
実際、今日、僕はある意味驚くべきメールをもらった。その人は『End this Depression Now!』を読んでいて、僕が自身のイデオロギー的な政策に都合がよくなるように事実を誤魔化して提示している箇所を一つとして見つけられないでいるんだとか。一体どうやったら、その本の中で僕がそうしている箇所を、彼に示して上げられるのかな?

Oh well. We just do what we can.
まあ、とにかく、人は自分にできることをやるしかない。


後書き:latte-sipping liberalはファッショナブルなコーヒーをちびちびやってる、自由主義者=高みの見物をして自分の手を汚さない人(ソース)。英語のこの手の侮蔑語は面白い。
クルーグマンのルックスに関しては、前にもホビットみたいだしテニスとかできそうもないって書かれてたな。いかにもアメリカンな体型になるまでは、顔つきは精悍だったんだが。


追記:himaginaryさんの指摘により訂正。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

deceptively

翻訳乙です。
最後から2番目の段落ですが、deceptivelyを訳から落としているため、意味が原文と逆になっているように思われます。

No title

himaginaryさんありがとうございます。
decptivelyは元々苦手なんですが、having trouble finding any~の部分も誤読していたため意味がちゃんと把握できませんでした。
またよろしくお願いします。

having trouble finding any

「having trouble finding any」は元の解釈で良かったように思います。つまり、
「僕が自身のイデオロギー的な政策に都合がよくなるように事実を誤魔化して提示している箇所を一つとして見つけられないでいるんだとか」
という感じになるかと思います。

No title

himaginaryさん
そうなると後の文章はどうつながるんでしょうか?
このメールが一番最初のクルーグマンの嘆息の内容だと思ってるんですが。
手間かけさせてすいません。

反語

>そうなると後の文章はどうつながるんでしょうか?

「一体どうやったら、その本の中で僕がそうしている箇所を、彼に示して上げられるのか?」は、実際には自分は(WSJとは違い)そんなことは一つもやっていないよ、という自負を表わした反語だと思います。正直な読者(the correspondent)はそれをきちんと読み取ってくれたが、それでもWSJの愛読者に代表される連中は自分の提示する証拠を決して受け入れようとはしないだろうけどね、というニュアンスがここには込められているように思います。

Re: 反語

なるほどやっと理解できました。
このthe correspondentが経済について全然考えてない人の実例だと思っていたもので。
またよろしくお願いします。
CalendArchive
プロフィール

anomalocaris89

Author:anomalocaris89
FC2ブログへようこそ!
誤字・誤訳の指摘はコメント欄にお寄せ下さい。

最新記事
リンク
最新トラックバック
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

アフィリエイト
おすすめの本
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。