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A Brief Note on Macroeconomics and Ethics/March 8, 2012, 1:10 PM

A Brief Note on Macroeconomics and Ethics マクロ経済学と倫理に関する小論

I only have a few minutes here, but I want to acknowledge Karl Smith’s very gracious and brave response to my piece on economics in the crisis. And I’d also like to add a small further thought.
数分しか時間がないんだが、カール・スミスが危機における経済学に関する僕の記事へ丁寧で勇敢な返答をくれたことを伝えておきたい。そして、さらにもう少し付け足しておきたいことがある。

My argument in Lisbon was that what economists say in times of crisis, when the usual rules don’t apply, matters a lot. And so the fog created by all too many macroeconomists did a lot of real-world damage.
リスボンでの僕の主張は、危機の時代に経済学者が言うことは、通常のルールが通用する時代よりも、いっそう重要になるということだ。そして、あまりにも多くのマクロ経済学者によって創られた霧が現実世界へ甚大な損害を与えた。

That said, disagreement will happen. Economics is a hard subject, people will come to different provisional conclusions, and some of them will, in retrospect, turn out to have given very bad advice. That’s a shame but not a sin.
とは言え、意見は一致しないだろう。経済学は難しい主題だ。人々は暫定的に異なる結論に達するものの、将来振り返ってみて、自身が酷くまずいアドバイスをしていたことを理解することもある。そういうのは恥ではあるが、罪ではない。

To take an example: Ken Rogoff and I differ seriously on the relative risks of public debt and failure to spend on job creation. One of us is wrong , which means that the other is giving bad advice. (And yes, I’m personally sure that I’m right ― but that’s a different argument). But this is an argument in good faith.
例を挙げよう:ケン・ロゴフと僕は公債や雇用創出のための支出をしないことの相対的なリスクに関してかなり意見を異にしている。我々の内どちらかが間違っている。そのことは、どちらかが酷いアドバイスをしていることを意味する(もちろん、個人的には僕が正しいと確信している――でも、それは別の問題だ)。でも、これは誠意のある議論だ。

What bothers me, and should bother you, about much of this debate is that it pretty clearly is not in good faith. Too many economists and commentators on economics are clearly playing for a political team; too many others are clearly playing professional reputation games. Their off-the-cuff reactions to policy issues were wrong and foolish, and I think they know in their hearts that they messed up; but instead of trying to remedy the fault, they’re trying to defend the property values of their intellectual capital.
こういった論争の多くについて僕が悩んでいるのは、そしてあなたも悩むべきなのは、それが明らかに誠意のある議論じゃないことだ。あまりにも多くの経済学者や経済評論家が明白に政治的組織のために行動している。他の多くの人は明白に職業的名声ゲームのために行動している。政策課題に対して即興で反応するのは間違ってるし馬鹿げてる。僕は彼らが混乱していることに内心気づいていると思う。でも、間違いを正そうとする代わりに、彼らの知的資本の資産価値を守ろうとしている。

And that really is a sin. This is not an academic game, where tempers run high because the stakes are so small. This really matters to millions of people, and refusing to think clearly because you don’t want any negative thoughts about the papers you and your friends have been writing the past few decades is unforgivable.
そして、それは本当に罪悪だ。これは、失うものが少なすぎるがゆえに神経が高ぶってしまいがちな、学問的なゲームではない。これは数百万の人々にとって心底重要なものであって、あなたやあなたの友達が二、三十年前に書いた論文についてネガティブな思考を一切したくないから、明瞭に考えることを拒絶するのは許されない。
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